額縁のままでは続かない理由
写真は「写っている内容」だけで成立しているものではありません。
どんな形で、どこに置かれ、どんな距離で目に入るのか。
そこまで含めて、写真だと考えています。
つまり存在自体の「意味」が重要だということ。
遺影は長い間、
「大きな額縁に入れるもの」として定着してきました。
日本全国で古くから取り入れられており、とても完成された形です。
しかし、葬儀が終わり、日常に戻った瞬間から、
もしくはしばらくたって転機が訪れた時から
その形が生活に合わなくなるケースを多く見てきました。
・置き場所に困る
・生活空間と馴染まない
・常に視界に入ることに気を遣う
その結果、
遺影は「しまわれる存在」になります。
これはもちろん気持ちが薄れたからではありません。
この形や大きさが日常に適応できていないだけです。
そのようなことがあるため、多くの方はL判や2Lサイズくらいの小さい写真を額に入れて飾っていることが多いのではないでしょうか。
葬儀の後その小さめのお写真もセットになって渡されることもあると思います。
形が変わらなければ、関係も変わらない
写真は、形が固定されると役割も固定されます。
大きな額に入った写真は生活環境によってはそのまま飾りづらいこともあります。
だからといってしまい込むことはしたくない。
小さな額入りの写真も常に照明や間接的な日光にさらされるため画像が薄くなってしまう。
だからこそ私は写真の“形”を変える必要があると考えました。
小さくすることは扱いを軽くすることではない
サイズを小さくすると、
扱いが軽くなってしまうと感じる人もいるかもしれません。
しかし実際には逆です。
手に取れる距離になる。
目線の高さが合う。
必要なときに身近に置いておくことができる。
これは
「天井近くに並べて飾る遺影」から
「近くで向き合う写真」への変化です。
形が変わることで、
写真との距離も変わります。
光による劣化、衝撃による傷などに強い素材へと変えることでより大切にするということにもなります。
「しまう」前提ではなく「いつでも飾れる」形へ
版装遺影写真は、
出し続けることも、しまうことも前提にしています。
重要なのは、
しまっても、また戻ってこられる形であること。
重ねて保管することもでき、
必要なときにすぐ立てられる。
汎用性のある形であれば向き合い方も無理がありません。
変容し、多様化する生活環境にも柔軟に対応できます。
しまう場合にも専用の箱(遺影箱)を用意し、その箱を目線よりも高いところや仏壇などに配置することで、写真そのものは見えずとも近くに感じ、そしていつでも拝むことができるようにと考えています。
写真館が「形」に責任を持つということ
写真館の仕事は撮ることだけではないと考えています。
その写真が10年後、20年後にどんな形で存在しているのかまで考えること。
遺影は特に長い時間をまたいで大切にされ続ける写真です。
だからこそ、
「昔からこうだった」ではなく、
「これからも続けられる形」を基準に遺影転換及び版装遺影写真を考案しました。
次回は、
「遺影転換」という考え方そのものについて書きます。



