有馬写真館では、古い白黒写真を「デジタル手彩色」という手法でよみがえらせています。
AIによる自動カラー化が注目を集める今の時代だからこそ、
あえて“人の手”で色をつける意味を大切にしています。
それは、単なる修復や加工ではなく、写真の奥に眠る「時間」と「記憶」を蘇らせる行為だからです。
季節、天気、時間。
そして当時から残されたものや当時を知る人の証言をもとに彩色する手法は加工ではなく復元です。
この活動により先人たちの築いてきた素晴らしい文化や歴史を発見し、共有し、継承していただくことを目的としています。
AIカラー化とデジタル手彩色の違い

最近では、SNSやテレビなどでも「AIで白黒写真をカラーにしてみた」という投稿をよく見かけます。
AIは、膨大な画像データを学習し、被写体の形や背景から自動的に“ありそうな色”を塗ってくれます。
とても便利で、短時間で見栄えの良い仕上がりになります。
しかし、その色はあくまでAIが機械的に予測した色でしかありません。
例えば、海が青すぎたり、土が緑になっていたり和服の柄があり得ない色になっているなど
被写体の時代背景や地域文化とは違う色になることも少なくありません。
加えて、本来あったものが消え、無かったものが生成され、形が変わってしまうなどの改ざんが行われることも避けられません。
一方、デジタル手彩色では、
- 当時の資料や文献、古写真を参照し、
- 実際の土地・時代の色を調べ、
- 写真ごとに何度も試行錯誤を重ねながら、
職人が一筆一筆、丁寧に色を重ねていきます。
AIが「自動で推測する」のに対し、
人の手彩色は「調べ、考え、感じ取って塗る」作業です。
同じ“カラー化”でも、その意味と価値はまったく異なります。
下地として色の要素だけカラー化AIを使用することはありますが、ほとんどの部分が手作業により調整されていきます。
ニューラルネットワーク(パソコンで再現する仮想的な脳神経網)を用いたカラー化AIがありますが、デジタル彩色はいわば制作する職人の脳にあるリアルニューラルネットワーク(脳神経網)をも活用する技法です。
AIはまだまだカラー化においては発展途上であり、数十年生きてきた人間を納得させられるだけの結果は出すことができません。
ましてや服の色や看板などは当時を知る人にしかわからない部分もあり、カラー化においてはこれからもAIでは不完全で、生身の人間である職人にしかデジタル彩色はなしえないでしょう。
私は学生時代に研究室でニューラルネットワークの研究をしていて論文も書いてるのでおおよその検討は付きます。
そして何より、カラーにすることだけが目的ではなく、本来の色を調べていく過程で得られる情報にも大きな価値があると実感しています。
デジタル彩色は原本である白黒写真に置き換えることが目的ではありません。
あくまでもマスターは白黒写真の原本であり、デジタル手彩色でカラー化したものは過去の色を調査し、当時の人たちが目にしていた景色に極力近いイメージを蘇らせることで現代の人々に当時の様子を伝えるとともに、その時代に興味を抱くきっかけになればという思いで制作する作品です。
AIでは再現できない「思い出の温度」


AIが生み出す色は、正確性に欠けるだけでなく“冷たい”ことがあります。
それは、AIが「感情」を持たないからです。
AIですので人が見れば気分を害してしまうような、悲しくなってしまうような配色も全然あり得ます。
人として認識されず顔が灰色や土色になっていることなんてざらです。
袖からでた腕が、半ズボンから伸びた足が地面と同じ色になるなんて当たり前です。

デジタル手彩色では
写真に写る人物の表情、背景の空気、
撮影された当時の天候や季節感まで想像しながら彩色します。
人としてこれまで生きてきたうえでの経験を元にきめ細やかな判断で色を決めていきます。
季節はいつなのか、ここに植えるとしたら何の植物なのか、その時その葉っぱはどんな色なのか。
時間帯や天気によっても色は変わります。
そのあたりはカメラマンとしての長年の経験が生きています。
たとえば祖母の着物の色を再現する際、
家族から「いつも紫の着物を着ていた」と聞けば、
その記憶を尊重して色をのせます。
そこには、AIには絶対にできない“心の対話”が存在します。
先日ご依頼いただいたお客様は、事前にお写真を見ながら洋服や着物の色についてじっくりと説明を聞いたうえで作業に取り掛かり、仕上がったものをお見せして再度調整しながら作業を進めました。
「母はこの色が好きだったからこのワンピースはこの色だと思う」
「リップはこの色を使っていたからもう少し赤みがかった感じで」
「この場所はとにかくイチョウのじゅうたんで輝くような黄色一色の素敵な場所だった」
「母が『ひまわりの服』と言っていたからここは黄色だと思う」
などと細かくやり取りしながら色と共に思い出も鮮明に蘇らせることができました。
だからこそ完成した写真を見たときに、
「懐かしい」「あの頃の空気を感じる」と喜んでいただけるのだと思います。
それは、写真の中に「思い出の温度」が戻っているからです。
これは人間にしかできないことです。
「天草古写真カラー化プロジェクト」とは
この理念を形にしたのが、有馬写真館による「天草古写真カラー化プロジェクト」です。
熊本県天草市に残る明治・大正・昭和初期の古い白黒写真を集め、
無償でデジタル手彩色によるカラー化を行い、天草市と協力して写真展を開催するなど地域の方々と共有しています。
写真展では
「自分の祖先が生きていた時代を感じた」「こら懐かしかな~!」と感動される来場者も多く、貴重な当時のお話もたくさん聞かせていただきました。
小さいお子さんからおじいちゃんおばあちゃんまで一緒に見に来ていただくなど、世代を超えて地域の歴史と誇りをつなぐ場となっています。
この活動は単に“古い写真をきれいに見せる”ことではなく、
過去と現在を結び、人の記憶を未来へ残す文化活動だと思っています。
まとめ:AIでは再現できない、人の手による“記憶の彩り”
AI技術の進歩により、白黒写真のカラー化は誰でも簡単に行える時代になりました。
しかし、有馬写真館が行う「デジタル手彩色」は、その便利さとは正反対の場所にあります。
私たちは、「時間」と「記憶」を未来へ残すために、人の手で色をのせる ことを大切にしています。
それは単なる画像処理ではなく、ひとつひとつの写真と向き合い、
そこに写る人々や風景に敬意を払いながら、当時の空気や温度までを再現する行為です。
AIの色はあくまで“予測”であり、効率を追い求めるもの。
対して、デジタル手彩色は“確かめる”ことであり、人の記憶をつなぐ仕事です。
その過程で生まれる対話や調査、そして思い出の共有こそが、
写真を「作品」ではなく「物語」として蘇らせる力になります。
有馬写真館が天草で行っている
「天草古写真カラー化プロジェクト」 は、まさにその象徴です。
白黒写真を通して、先人たちが生きた時代や地域の風景をもう一度見つめ、
次の世代へ伝えるきっかけをつくる活動です。
デジタル手彩色は、永遠に完成することのない表現です。
時代が進み、AIがどれほど進化しても、
人の“感じる力”と“思いやり”がなければ、写真に命を吹き込むことはできません。
有馬写真館はこれからも、
人の手だからこそ生まれる温もりと、写真の持つ本当の価値を伝えていきます。


